ライラットログ Lylat log

任天堂のゲーム『スターフォックス』シリーズの二次創作小説を掲載しています。

スターフォックス ビハインド Star Fox behind

 

「想像してみるといい」

モニタの明かりだけが明滅する薄暗い部屋のなか、回転椅子をきしませて《彼》が言った。

「想像する、だって? 一体何を?」

けだるさをふり払いながら、私は言う。彼が会話に応じること自体が、非常に珍しいことだ。チャンスを逃すわけにはいかない。

「お前の日常だった生活を思い出してみろ。仕事を終えて帰宅し、家族とふれあう。オフの日には仲間たちと酒を酌み交わす。さぞ幸せな毎日だったろうな」

「お前に……」何がわかるものか、という言葉をぐっと飲み込む。

「わかるさ」心を読んだように彼が言葉をつなぐ。

「わかるとも! 私だって同じだった。家族がいて、仲間がいて、同志がいた。世界を変えられるかもと夢見ていた」

「だが結局、夢は夢に終わった。……お前と同じくな」

「なにがいいたいんだ?」私はあえいだ。

「だから、想像してみろと言っている。笑ったり、怒ったり、泣いたりわめいたり、飲んだり、食ったり、愛したり、憎んだり、生きたり死んだりしている生命たちの住み暮らす星のことだ。……そんな星が、この宇宙にたった一つきりということがあるか? お前と私でさえ、同じものを共有しているというのにだ」

どういう論法なんだ、それは。私は疑問を感じたが口にはしない。彼の思考回路は常人からは想像もつかない跳躍をするが、それでいて間違うということがない。普通の者が階段を一段ずつ上ってたどりつく場所に、彼は十段とばしで駆け上がっていくようなものだ。

「そうだ……この星系から遠く離れたべつの恒星系に、かつて、生命の溢れた星があった。ところがそこに……だ、」

笑みなのか、嘲りなのか。ゆがんだ形相からの視線を宙にさまよわせながら、彼は話し続ける。

「そこにひとりの、狂科学者がいた。と、想像してみるがいい」

「……」

「狂科学者はある兵器をつくった。敵国の兵器、物資、それどころか敵の兵士や国民まで、みずからに取り込み、同化してしまう生物兵器だ。これを一度バラまいたが最後、感染した兵器や兵士たちは踵をかえして自国の侵略を開始するのだ。想像してみろ。国を守るといって戦線に出ていった父親が、次の日には家族を殺すために戻ってくるんだ。地獄絵図だよ、まさにな。

さて……敵国を制圧し終えたのちは、あらかじめ組み入れておいたアポトーシスを誘発させることで、生物兵器はきれいさっぱり片付くはずだった。しかし」

「……制御できなくなった」

「ご明察」

「想像を働かせただけだ」

「いいぞ……その調子だ」

ゆがんだ笑顔がこちらに向く。

「想像してみることだ、すべてのはじまりはな。なんの元手も、労力も必要ない。ただ脳裏に思い描くだけでいいのだ。それすら行わない輩が多すぎて、私はときどき絶望しそうになるのだよ」

ふっ、と息を吐き出すと、彼は視線を外す。

「暴走した兵器は、街も、国も、山も、海も、大陸も飲み込んだ。造り主の狂科学者も、その祖国も含めてな。そしてついに――星のすべてが、生物兵器の巣となったのだ」

熱を帯びた様子で、彼はつづける。

「だが、話はそこで終わらない。兵器の核となるメモリ、生命体でいうところの遺伝子には、ごく単純なある命令が書き込まれていた。――“限りなく拡大せよ”という命令が」

「それが!」私はさけんだ。

「それが、お前が私から手に入れたものだというのか!」めまいがした。星ひとつを飲み込んだ兵器が、私の体に??

「そのとおりだよ、ジェームズ・マクラウド!」

高笑とともに彼――Dr.アンドルフは叫ぶ。

「礼を言わなきゃならん! 6年前の襲来のとき、いまいましい犬ころどもめが、私の手からサンプルを奪い去ったのだ。防衛軍科学研究所主任が聞いてあきれるわ。

やつらに言わせると私は、コーネリアを滅亡に導く悪魔だそうだ。

理由はわかっている。恐怖だ。やつらにも想像力は備わっていたというわけだな。私だけがアポトーシスの鍵を握り、兵器を街に解き放つ。……かれらの頭にあった光景は、ざっとそんなところだろう」

科学者は口を閉ざした。その眼の表面に、さみしげな光がともる。

「……だが恐怖は、想像の広がりを阻む。相手を悪魔と認識したとき、その相手にも心があり、肉親がいることを忘れる。
 なぜできよう? 兵器に敵味方の、種族の区別などできはしないのに……私の同胞たちも住み暮らす街に、あれを解き放つなど、できようはずがない」

「私は」

宙に浮かぶ泡のように、みじかい言葉を発する。

「私が、心なきものと扱われたこと」

「ただそれがくやしい」

ぽつり、ぽつりと言葉を漏らす姿は、天才科学者のそれにはもう見えなかった。

私は思い出していた。彼が第一級犯罪者としてベノムへ追放された時のことを。

すでに軍を離れていた私には、裁判の詳細まで知りようがなかった。軍事機密を理由に報道規制も入り、『Dr.アンドルフの追放』という事実を知ってはいても、その細部を知る者は軍の上層部の一握りだけだった。

彼の追放については、誰もが理解しているようで、実のところみな認識がぼんやりしている。私も含め。

密室で行われた裁判が、憶測と流言に拍車をかけた。誰もが勝手なことを述べ立てた。

あのBEM(宇宙生物)――いまはアパロイドという名もついたが、当時はみな勝手な名で呼んでいた――が、アンドルフのつくった科学兵器だったと思い込んでいる者もいるほどだ。

 

「どうやら喋りすぎたな。くり返すが、お前がここに来てくれたことは、この私にとってこの上ない僥倖だよ。礼を言わなければならないのは、お前だけじゃあない。ピグマ・デンガーにもだ」

「……ピグマ?」

チームメイトの名前を口にしながら、私の頭脳の中で、点と点のあいだにゆっくりと線が引かれ、つながっていった。

「そうか。奴が」

「想像できたかね」

冷ややかな視線。

「知っていたんだな。私のなかに、求めるものがあることを」

「ご明察。……あの戦闘で負傷した者のうち、兵器に直接の接触をしたものがいないか、調べさせたのだよ。当時のお前のカルテのデータはピグマに盗み出させた。きたない仕事となると奴はすばらしく良い働きをしてくれる。反吐がでるくらいにな」

「カルテを見て確信したんだ。そして決心した、どうあってもお前を手に入れるとね。おあつらえむきに、お前とピグマはチームを組んでいた。あとは……、もう一度、想像してみるかね」

「……ベノムで観測された発光現象や、大気圏突入の痕跡、蜂起をにおわせるメッセージは……すべてピグマと組んでの工作か。将軍が俺たちに調査を依頼したのも、偶然じゃないんだろう」

「そこまでわかれば上出来さ。ジェームズ。なかなかの生徒だったぞ。私をいら立たせないでくれた」

「このッ!」

体の自由がきいたなら、彼を八つ裂きにしていただろう。

だが腕を振り上げることも、彼に跳びかかることもできない。意識だけが沸騰し、やがてむなしく温度を下げていった。

「むだだ。まあ大人しくしているのだな。お前のなかのものを調べつくすには、まだまだ時間が必要なのだから」

 

――。

――。

――。

 どれほどの時が過ぎたのだろう。
 ――わからない。
 ――わからない。
 ――わからない。

『お前が……………………の息子か』
『……が来るのを、楽しみにしているぞ』

 だれかの声が聞こえる。
 乾ききった砂漠に、ひとしずくの水滴が落ちるように――。
 ひからびた心に、わずかに潤いが戻る。

「だれ、と……だれと、話しているんだ……?」
「想像してみればどうかね……?」
 醜悪な笑みを浮かべながら、彼がこちらを振り返る。

 その向こうのモニタに映し出されているもの……。
 宇宙空間を埋め尽くすアンドルフ軍の艦隊。みだれ飛ぶレーザーの光。
 破裂し、火花を撒き散らしながら星屑になっていく戦闘機たち。
 その間を縫って飛ぶもの。鋭角の機首、青と白とのコントラスト、二枚の主翼をもつ、四つの機体。

 ――――ああ。
 凍りついていた胸にあたたかな血が通い始め、死にかけた心が息を吹き返す。

 モニタの前で、彼が自分の腕になにかを注入している――ように見えた。
「何をしている?」
「お出迎えの準備さ」
 ぎろりと目を剥いて、答える。
「時間がないのだよ、私には。膨大な時間が――《永遠》が必要だ。
 私がいなくなったら、だれが同胞たちの行く末を案じてやれる? だれがこの星を生まれ変わらせる? だれが、アパロイドの襲来から星を守れるんだ?」
 矢継ぎ早に、意味の取れない質問を発する。
「何のことだ……?」
「教えてやるとするか、これも礼のうちだ。わかったんだよ。
 お前の体に食い込んだ兵器のお仲間が、おそらくあと十数年のうちに、大挙してこの星系に現れるってことが」

「何だって」
「アパロイドってやつはな、次に標的にする星を常に探している。そのために、めぼしい恒星系に狙いを定めては、斥候を送り込んでいるのだ。お前が闘ったのはそのうちの一体だよ」
「その一体は、倒されはしたが、その前にやつらの本星に向けてメッセージを送っていた。乗っ取るに値する生命と機械に満ちあふれた星です、侵略のしがいがあります、とな」
 思考が追い付いていかない。ライラット系が、コーネリアが、飲み込まれる?
「大戦争になる。宇宙の覇権を握る者を決める闘いだ。生き残るのは我々か、アパロイドか。どちらかが絶滅するまで、闘いは終わらない」
 つばを飛ばして言う。その目に狂気の炎がおどっている。
「待ってくれ!」私は言った。
「待ってくれ、それが本当なら。ライラット系すべての危機じゃないか。ふたつの種族の間で争っている場合じゃない。ペパー将軍にコンタクトをとり、一時停戦を……」
「聞くと思うのかぁっ!」

聞いたこともない怒号だった。彼の全身がこわばり、小刻みにふるえている。

「第一級犯罪者の、悪魔の、狂科学者の言うことを、信じると思うのかぁっ! やつらが! その程度の、想像もできんのかぁっ!」
 私は黙った。
 それ以上、何も言えなかった。

 ――。
 ――。
「ずいぶんと――貫録のある姿になったもんだ」
『正直に言ったらどうだ。化け物、だと』
「それはお互い様さ」
『ふふ。それはそうかもしれん』
 暗がりの中で、彼がうごめく。
『《永遠》をわがものとするまで、ほんの少し。ほんの少しの時間だ――永遠に比べれば塵のような時間さ。だがその時を迎える前に、客人の相手をしなければならぬ』
「……」私の心が揺れる。
『スターウルフも、一歩及ばなかったようだ。どれ。息子の顔を拝ませてもらうとしよう』
 ずるり、と陰影が動く。
『お前はそこで、ただ見ているがいい……』

 ……ただ見ている、か。
 私を、塔に閉じ込めたお姫様か何かと思っているらしい。
 偉大な頭脳をもつ科学者は、永遠を求め、禁断の果実を手にした。
 それは神になることに等しかったのかもしれない。だが神に近づく一方で、人間の繊細さを失うことにもなった。
 すべてを見通す彼の想像力は、身体の変化とともに鈍っていた。
 私が密かに伸ばし、コンピュータに喰い込ませた神経軸索の存在に、以前の彼なら即座に気付いたはずだ。私の身体を麻痺させているプログラムの中和と、要塞内部の監視システムへのハッキングにも。

『逃がしはせん……、お前は私とともに、滅びるのだ……!!』

 断末魔とともに、要塞全体に震動が走る。

『永遠を手にするべき私が、滅びるのなら……!!
 同じアパロイドを宿したお前も、ここで消えなければならない!』

 憎悪に満ちた思考がほとばしり、私の頭脳になだれこむ。
 彼とはいまや、同じ細胞を共有する双子の兄弟のようなものだ。不本意ながら。

「あの世へ道連れ、というわけか? 遠慮する。私の趣味に合わない」

 私は「身体」をゆらゆらと動かしてみる。長い長い――永遠とも思えるブランクだったが、操縦桿を握るあの感覚が、すぐに戻ってきた。

 G-ディフューザーシステム出力調整。パルスレベルG-7。ベノム標準座標に整合。グリーン。
 グラビティブレード。モビリティ、出力ともにグリーン。
 プラズマエンジン出力問題なし。荷電粒子量、加速度問題なし。グリーン。
 シールドユニット。出力、密度、反応性よし。グリーン。
 レーザーユニット。出力、集光性よし。グリーン。
 通信ライン、グリーン。
 システムオールグリーン。
 エンジン出力300まで漸増。接触を避け、微速で発進する。
 ――テイクオフ。

 悪夢を思わせる空間に、火の手が上がっている。
 周囲のあらゆる場所から爆発音と破裂音が聞こえる。空間の片隅に、機体がひとつ、帰り道をなくした小鳥のように力なく浮遊していた。
 ぐずぐずしてはいられない。

『どんなときも 決してあきらめるな ――フォックス』

 脱出経路は頭に入っている。――あとは導くだけ。

『フォックス 私について来い!』

 私の眼前に、突如として春の野原がひろがる。
 やっとよちよち歩きをはじめた君の姿が見える。
 おぼつかない足取りで一歩ずつ。こちらへ歩いてくる。
 ――そうら。フォックス。父さんについて来い。
 私はわざと後じさる。笑顔で追いすがってくる君を、両腕をひろげて抱きとめてやる。
 君の前髪が、あたたかな風に揺れていたあの日。

『ここだ フォックス』

 そうだ。此処だ。私はここにいる。
 フォックス。私の息子。君をはじめて抱いた感触を、頬ずりしたときの乳臭いにおいを、今も忘れてはいない。忘れることができない。

『決してあきらめるな 自分の感覚を信じろ』

 この言葉を、戦闘機乗りとして君に伝えたことはなかったな。
 遊撃隊の先輩として私が君に贈る、最初で最後の言葉だ。

『強くなったな…… フォックス』

 これは父親としての、最後の言葉。
 本当に強くなった。君を誇りに思う。
 そして――さらばだ。


 轟音とともに爆炎の柱が立ち上がり、要塞がくずれ落ちる。
 間一髪、2機のアーウィンが地表に飛び出す。

 私はブーストを最大に開き、重力をふりきる。
 同時に、機体表面に熱光学迷彩のコーティングをほどこす。要塞内でのハッキングから手に入れた副産物だ。次世代の宇宙戦艦に搭載される予定だったらしいが、しばらくはその機会もあるまい。
 盗みは気が引けるが、やつが私から手に入れたものの対価と思ってもらおう。
『無事だったか、フォックス!』
 厚い雲に突入する前の一瞬、なつかしい声が耳に飛び込む。
 私は心の中でにやりとする。お前もな、ペッピー。

 

 ベノムの重力圏を脱し、無限の暗黒の中に浮遊する。
 ――見えなかったはずだ。

 アンドルフの言葉が脳裏によみがえる。
――想像してみるがいい。たとえ右手一本を失っても、お前はお前だろう。両手を失っても。四肢を失っても。脳の一部が破壊されて、手足が動かせなくなったり、身体の機能を一部失ったりしたとしても、お前がお前であることには変わりない。
 ならば脳のうち、本当に『お前』であると言える領域は、いったいどれほどのものだ?
 その狭い領域におさめられた情報が複製保存可能だったとしても、驚くには当たらないと思うがね――。
 私が一度、死んだとき――燃える炎に呑まれ、私は肉体を喪失した。
 しかし身体が燃え尽きる寸前。宿主の危険を察知したアパロイドの組織が、激しく増殖をはじめた。炎も熱も抑え込むほどに分裂肥大し、たまたまその場に存在したありあわせの材料で、宿主の意識を復元した。
 ――だから、このコクピットの中を見られるわけにはいかなかった。
 誰も座っていない操縦席を、見られるわけには。

 私の意識は――アーウィンの駆動系に直結したコンピューターの中を走るプログラムとして存在する。かつて腕を上下させていたように翼の角度を調整し、かつて重心を移動させながら左右の足を踏み出していたように、重力と慣性をあやつって飛ぶ。
 合成音声の声色と、モニタに映し出される映像とは、わざわざかつての自分のものに似せて作り上げた。
 いまやそれだけが、私に残されたアイデンティティだ。

 私は想像する。
 もし仮に、私がこのままの姿でコーネリアへ近づけば、いかなる反応が返されるだろうか?
 誰も乗っていないアーウィン。ジェームズ・マクラウドの幽霊。
 遠隔操作の無人機か、自爆攻撃機か。何にせよ好意的な解釈はされまい。
 加えて、半アパロイドと化したこの身体。アンドルフ並みの頭脳の持ち主でなければ、持て余すのは目に見えている。

「ジェームズ・マクラウドは二度とコーネリアには戻れなかった
 人とアパロイドの中間の生命体となり 永遠に宇宙をさ迷うのだ……か」

 むかし読んだコミックのセリフを真似てみたが、乾いた笑いさえ出てこない。
 永遠、という言葉に、はっとする。死のうにも死ねない体。
 目的もなくただ生き続ける意識。これも地獄のひとつの形なのか。
 いや。
「いや――目的はある」
 十数年のうちに現れる、アパロイドの集団。その襲来をあらかじめコーネリアに伝え、危機を回避しなければならない。
 乗り越えるべき障害は多い。
 身元不明機として捕縛され、解体されることだけは避けねばならない。私の一部であるあいだは、張り巡らせた神経回路がアパロイドの暴走を抑えていられる。しかし私から分離した組織が新たな宿主に侵食すれば、アンドルフの兄弟たちが世に溢れることになるだろう。
 そうなっては、アパロイドの襲来を待たずにライラット系は滅亡だ。
 また、めまいがする。いまの私に、めまいという表現が適切かどうか知らないが。

 協力者が必要だ。私の身におきた非常識な現実を、笑わずに聞いてくれる者。検証してくれる者。信じて、力を貸してくれる者。できればアンドルフ並みの頭脳を持った。
 ひらめくものがあった。身内の愚痴と自慢を、同時に聞かされたときの記憶。
――「叔父上! ぜひ私を後継者に!」などと言うから、では皇帝の器たるところを見せろと、放り込んだんだ。超次元空間における時空間遷移の基礎定理講座にな。2日目に、講師から連絡があった。お宅の甥御様が「もう帰らせてくれ」と泣きついてくるので、お帰り願ってもよろしいでしょうか、とさ。
 その点、あの子は優秀だ。まだ小さいのに、超次元空間での推進器の挙動を完璧に理解している。なに? もちろん私に似たんだ。
 そうだ……あの子さえ、もっと早く生まれていたら……。

 彼のコンピュータから複製したデータを漁ると、目当てのものはすぐに見つかった。
 アッシュ・ボウマン。褐色の肌に灰白色の体毛の、利発そうな男の子。
「可愛い子だ。御高孫にお目にかかるとするよ、皇帝陛下」
 そのための方策を、頭をひねって考えなければ。
 会えたとして、はたして自分の味方になってくれるかどうか? 慎重を期してかれの人格を観察する必要がある。
 ただでは協力できないと言うなら、こちらには取り引きの材料もある。アンドルフの遺産となった、ベノムの硝酸の海を浄化する装置。その隠し場所も、私の手中にある。
 いつの間にか、口笛でも吹きたい気分になっていた。代わりに、コクピット内部にインストールしていたデータを探り、音楽ファイルを引っ張り出す。この音楽たちもアパロイドがご丁寧に復元してくれたと思うと、少しだけ愉快になれた。
 サイバー・リールの『テンダネス』。現役で飛んでいたころのお気に入りの曲を、誰もいないコクピットに響かせる。

 勇壮さと哀切さが螺旋を描くメロディーが、機械と化した私の心にも沁みいる。
 そのメロディーの向こう。
 無意識のうちに感受するまいとしていた声が、世界をつらぬく重低音となって響いてくる。崩れ落ちた要塞の最奥、底知れない闇の彼方から。
――私は滅びない。私は神。永遠なるもの。
 いい音楽が台無しだ。

 わかっている。複製保存は可能なのだ。
 自分のスペアを、残しておかないはずがない。
 それくらいの想像力は、お前の虜囚であった間に身に付けたつもりだ。

 お前が永遠を手にしようがしまいが、私にはどうでもいいことだ。
 根っからの宿敵というわけじゃない。思想信条には、共感する部分もある。
 しかし、お前が不死の怪物となり、何度となくよみがえるのならば。宇宙に戦乱をもたらし、私の愛するものを脅かすのならば。
 私も不死の騎士(ナイト)となって、何度となくお前を葬ってやる。
 相手にとって、不足は無い。

「あきらめるんじゃないぞ……、ジェームズ」

 自分自身に言い聞かせながら、私はゆるやかな慣性に身をまかせ、星々の光と暗黒とのはざまを、静かに航行していった。